日本口腔外科学会
高橋先生とは10年程前勤務先で邂逅しました。
医療人としての技術や姿勢だけでなく国防や歴史的背景、日本人の立ち位置などを教えていただき、その深い教養に感銘を受けました。
未熟な私と再び縁あって指導いただく機会を持ち、感謝いたします。
齊間 広憲
親知らずは、一生のうちで大部分が腫れや痛みなどのトラブルを起こし、抜歯せざるをえなくなります。
また、気がつかないうちに1本手前の第2大臼歯もひどい虫歯になり、本来抜く必要のない歯まで抜歯になってしまうことがあります。さらに、親知らずに押されて歯並びが悪くなることもあります(歯科矯正治療が終了した患者さんは必ず矯正科医から親知らずの抜歯を求められます)。ですから親知らずは基本的には抜歯が必要となります。
親知らずは、腫れや痛み、歯並びの異常等の症状が出てからではなく、症状が出る前に予防的かつ計画的に抜歯する方が患者さんにとって大きなメリットがあります。
抜歯時期としては、一つに歯根が未完成な15~18歳頃があげられます。根が張った木は引き抜くのが困難であるのと同様に、歯も根が形成されてしまいますと抜歯は困難になります。歯根が未完成の歯は抜くのが比較的楽です。
また、女性の場合、妊娠中にトラブルを起こしますとX線検査や薬の投与、抜歯ができません。食事にも影響がでますので患者さんは大変に辛い思いをします。妊娠前に計画的に抜歯を済ませておくことは大きなメリットがあります。
高齢者では、全身の予備力低下によりリスクが高くなるだけでなく、骨の弾性の低下や歯と骨との癒着により抜歯は著しく困難になります。さらに、糖尿病や心臓病などの全身疾患をかかえますとリスクは著しく増大します。痛み等の症状はなくても60歳前には親知らずの抜歯を行うことをお勧めいたします。
ただし、親知らずの抜歯は歯科治療の中で最も困難な治療であることに加え、リスクの問題がありますので、抜く場合には十分なインフォームドコンセントが必要となります。
動揺している歯であれば痛みはないと言えますが、動揺のないしっかりした歯や埋伏歯の場合は残念ながら全く痛みがないと断言することはできません。
麻酔は一般の歯科治療と同様に歯肉に注射をする形で行いますが、難抜歯の場合はとくに「骨と骨膜」や「骨と歯根」の間の狭い間隙に麻酔薬を確実に注入する必要があります。大元の神経の周囲に麻酔する伝達麻酔という方法もありますが、神経に直接針が刺入してしまいますと神経麻痺が生じますので専門的経験が必要です。口腔外科専門医は手術手技だけでなく、麻酔手技にも熟達していますので口腔外科専門医であればほとんどの場合痛みなく抜歯が可能です。
しかし、まれに専門医でも局所麻酔だけでは対応が難しい患者さんがいらっしゃいます。それは「非常に痛みに弱い患者さん」や「極度に不安の強い患者さん」です。パニック障害の患者さんもこの中に含まれます。そのような患者さんに対しては、点滴をしながら半分眠った状態で手術を行う「静脈内鎮静法」があります。この方法は海外では術中ストレスを回避したい一般の患者さんに対しても広く用いられています。この方法を用いますと患者さんは楽に手術を受けることができます。静脈内鎮静法を希望される方は事前にご相談ください。
体操競技の技がA~I難度まで分類されているように抜歯にも難易度があります。親知らずの抜歯は大部分がDランク以上で基本的には手術になります。埋伏位置が深い場合、傾きが大きい場合、歯根が弯曲または肥大している場合等では難度が高くなります。一般に難度の高さに応じて患者さんの負担は大きくなります。難度の高い抜歯は口腔外科専門医に行ってもらうのが良いでしょう。口腔外科専門医は普通1~2時間かかる抜歯を15分ほどで行います。
手順は簡略化しますが(不安が大きくなりますので)、局所麻酔後、歯肉を切開剥離し、骨を削り、歯を分割して摘出します。歯を摘出した空洞には止血剤を填入し、縫合します。抜糸は1週間後に行います。
1.親知らずの抜歯は「手術」です。手術終了後も待合室でしばらく休んで、出血はないか、気分は悪くないか、ふらつきはないかを十分確かめてからお帰りください。
2.帰宅後は全身的にも局所的にも安静第一です。
3.止血は「圧迫止血」が基本です。ガーゼを20~60分しっかり咬んでその後自分で取って捨ててください。
4.麻酔は術後1~2時間で切れます。その間は、誤って口の中を咬んだりやけどしたりしやすいので気をつけてください。
5.口腔内のガーゼを除去したあと、鎮痛剤を内服してください。痛みは治まるのに1~2週間かかります。
6.術後の腫れや発熱は手術創を治すための正常な反応です。ピークは2~3日後で、上昇期には多くの患者さんが不安を覚えますが、全く心配いりません。全部で1~2週間かけて必ず引きます。冷やす必要もありません。冷やしますと血行が悪くなり、治癒が遅れます。
7. 食事は普通のものは食べられません。術後3時間以上経過してから流動食を摂取してください。その後は、様子を見ながらペーストやミキサー食、軟食というふうに上げていってください。種類の制限はありません。
8.歯磨きは半日間禁止です。その後磨く場合は創部に歯ブラシが当たらないように気をつけてください。
9.仕事は重労働の方を除き翌日から可能です。話す仕事の方も可能です。腫れや内出血等で見た目が問題となる場合はマスクを着用してください。運動は腫れが下降期に入るまで、すなわち術後2~3日は避けてください。
10.治癒するまで一定の期間を要します。抜糸は1週間後に行いますが、その後も治癒過程は継続し、創の表面が治癒するのに1か月ほどかかります。